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整然と列を成して講堂を退出する集団から慎重に抜け出す。多少不審に思われたかもしれないが、幸いにも呼び止められることはなかった。
「ふっ……はぁ、はぁ……ッ」
込み上げる嘔吐感に咄嗟に口元を覆う。ずるずると座り込んだのは丁度講堂の裏手の辺りだった。講堂を囲む塀代わりのフェンスには鬱蒼と蔦が蔓延り、その向こうには演習にも使われるという森が広がっている。長い前髪の隙間から何の感慨もなくそれを眺め、呉葉は剥き出しのコンクリートに凭れかかった。無機質なその冷たさが人いきれで火照った身体には有り難い。過ぎ去らない吐き気に、これだからと呉葉は歯噛みした。自身の苛立ちに反応するように頭の中でもぞりと何かが蠢く。「アレ」が見ている。不甲斐ない自分を嘲笑っている。そう思うと、不快な気分がますます募った。不安定になる精神に誘われるように「アレ」が意識面に浮上する。
『ダカラオレニ任セテオケバヨカッタンダ』
( 五月蝿い…… )
『辛インダロウ? 苦シインダロウ?』
( 五月蝿いって言ってるんだ! ……ッ?! )
呉葉は息を呑み、速やかに周囲の気配を探った。「アレ」に気を取られていたが聞き逃しはしなかった。小枝を踏む音と慌てて後ずさる足音。呉葉は鋭い視線を講堂の物影に向けた。見れば明らかな人影が地面に射している。隠れているつもりなのだろうか。
( それじゃあ隠れてても無駄だけど )と呉葉は立ち上がろうとしたが、もはや意志は身体の拒絶に適わなかった。そこにいるのが人間というだけで、何か穴でも開いてしまったかのように気力が萎んでいくのがわかる。目を伏せ、顔を俯ける。何をしに来たかは知らないし興味もないが、早く立ち去って欲しいとだけ思う。闖入者が自分に関わらないこと、それだけが呉葉の願いだった。だが、そのささやかな願いすら踏み躙られる。
「あの……すみません。邪魔をするつもりはなかったんですが」
気まずげな声が応えた。低くもなく高くもない、聞き取りやすい男の声だ。呉葉は目を向けることもそれに応えることもをしなかった。いや、できなかった。猛烈な倦怠感が身体を襲う。御託はいい、早く立ち去れ。そう怒鳴れればどんなにいいだろう。しかし皮肉にも、心とは裏腹に泥にでもなってしまったかのように感覚は鈍っていった。無反応な呉葉に不安になったのかそれとも焦れたのか、足音が一歩ずつ近寄ってくる。声の主は呉葉に歩み寄ろうとしているようだった。
「式の間も具合、悪そうでしたよね。……大丈夫ですか?」
逃げたい、逃げたい、逃げたい……。怖い、恐い、コワイ。足音のひとつひとつに身体が強張っていく。毛細血管の隅々のまで氷を流しこまれたように寒気が走り、嫌悪感が胸を焼いた。急激に乾いていく喉にべたついた唾液が絡み、不自然な呼吸が口から漏れる。
「顔色が悪いですね、医務室にいった方が……」
青磁のような柔らかな色合いの髪が視界に入った。声の主は呉葉の目の前に跪き、顔を覗き込んでいた。青年の整った二重の目蓋の奥、淡い藤色の瞳に自分が映しだされている。それがひどく罪深いことに思え、呉葉はますます顔を俯けて身体を縮こまらせた。息苦しさがいや増す。これ以上は、危険かもしれない。目の前の人間に警告、しなければ……。
『ウザイナ、コイツ』
戸惑いがちに青年が大きく上下している呉葉の肩に手を伸ばしたとき、ごそりと頭の中で「アレ」が蠢いた。
( ッ! 駄目だ! )
一瞬薄らいだ倦怠感、咄嗟に目の前の青年を突き飛ばす。「アレ」の蠢動が嬉々として激しさを増していく。大きく目を見張った青年の顔が目に入り、塗り潰され沈められていく意識の中で呉葉が認識できたのはそこまでだった。
>> 中途半端でごめんね! 別にここから続けなくてもいいからね、ていうか大変だよね! 呉葉くんとグレイくんとの関係が完璧捏造なのでびしばしツッコんでやってくだしあ。一応、呉葉くんと葵くんとの初対面ってことで…さーせん!
(神楽椿) 提案に乗っかる形でリレー小説に参加。世界観を考えてくれるような素晴らしい相棒と共に執筆を頑張る所存でございます。どうぞ、生暖かい眼で見守ってやってください。